「少しお時間いいですか。実は、辞めようと思っています」。部下からこう切り出されると、多くの上司は驚き、まず引き止めの言葉を探します。

けれども、最初にすべきことは引き止めではなく、聞くことです。この記事では、退職の相談を受けたときの面談の進め方を説明します。昇格試験の面談演習でもよく使われる場面なので、評価の観点にも触れます。

退職の手続きや、法律上の扱いについての判断は、この記事では扱いません。会社の就業規則と人事部門の案内に沿って進めてください。

※この記事に出てくる人物と職場は、説明のために作った架空のものです。

最初の反応で決まること

部下が退職を口にするまでには、多くの場合、長い迷いがあります。最初の上司の反応は、その後の話の深さを左右します。

避けたい最初の反応 部下の受け止め方
「え、困るよ。今抜けられたら」 自分の事情より、職場の都合が大事なのだと感じる
「もう少し頑張ってみたら」 話を聞く前に結論を出されたと感じる
「どこに行くの?条件は?」 詮索されていると感じる
黙り込む、不機嫌になる 話したことを後悔する

最初の一言は、まず受け止める言葉にします。「話してくれてありがとう。大事なことだから、ちゃんと聞かせてほしい」。気持ちを受け止めることと、退職に同意することは別のことです。

理由の聞き方

退職の理由として最初に出てくる言葉は、本当の理由の一部であることが少なくありません(推測)。

  • 広げる:「ほかに気になっていることはある?」
  • 具体化する:「どんな場面で、そう感じることが多かった?」
  • 時期を聞く:「いつごろから考えていたの?」
  • 本人の望みを聞く:「どういう働き方ができたらいいと思っている?」

退職の理由を「なぜ」で掘り下げると、部下は決めたことを弁護する側に回ります。「何がきっかけだった?」「どんな場面が一番こたえた?」と、出来事を聞く形にすると、話が具体的になります。

聞きながら、事実と気持ちを分けてメモします。「残業が月に〇時間ある」は事実、「この先が見えない」は気持ちです。どちらも大事ですが、上司として手を打てる範囲が違います。

心身の不調がうかがえるときは、仕事の話を急がず、産業医や社内の相談窓口など、専門の窓口につなぐことを優先します。上司が病状を判断することはしません。

上司として変えられること・変えられないこと

理由を聞いたら、自分の権限で変えられることと、変えられないことを分けます。

分類 例 伝え方
自分で変えられる 仕事の割り振り、担当の替え、会議の時間 「これは私が変えられる。来週から〇〇する」
上に相談すれば変わるかもしれない 異動、勤務形態、評価の見直し 「約束はできないが、〇日までに相談して返事をする」
変えられない 会社の方針、給与の制度 「ここは変えられない。正直に言っておく」

できない約束はしません。「異動させてあげる」「給料を上げる」と、その場しのぎで言うと、守れなかったときに信頼を失います。

この線引きは、退職の場面に限りません。異動や新しい仕事に抵抗する部下との面談でも同じ考え方を使います。異動や新しい仕事を嫌がる部下との面談で、抵抗の理由ごとの聞き方を説明しています。

引き止めの是非

引き止めること自体が悪いわけではありません。ただ、引き止めが目的になると、部下の話を聞かなくなります。

  • 職場の都合だけで引き止めない:「今いなくなると困る」は、部下の理由に答えていない
  • 理由に答えられるなら、具体的に示す:「その手順なら私の判断で変えられる。来週、案を見せる」
  • 本人の決意が固いなら、尊重する:次の道を応援し、引き継ぎを一緒に考える

部下が辞めた後も、職場の評判や、残る人の気持ちは続きます。どちらの結論でも、話を聞いてもらえたと部下が感じられる面談にすることが大切です。

面談の後にすること

  1. 面談の記録を残す:話した事実、約束したこと、次の面談の日
  2. 約束を守る:「〇日までに返事をする」と言ったら、その日までに
  3. 上司や人事部門に報告する:手続きは会社の決まりに沿って進める
  4. 職場の課題として振り返る:同じ理由で辞める人が出ないか。仕事の割り振りや育成の仕組みに原因はないか
  5. 情報の扱いに気をつける:本人の了解なく、職場で話を広めない

最後の振り返りが、管理職としての大事な仕事です。一人の退職を、職場の仕組みを見直すきっかけにします。

面談の前に確かめておくこと

退職の相談は、突然来ることが多いものです。その場では聞くことに徹し、次の面談までに、次の点を確かめておきます。

  • 会社の決まり:退職の申し出の手続き、誰に何を出すか(就業規則と人事の部門の案内で確かめる)
  • 自分の権限:仕事の割り振りや手順は自分で変えられるか。異動や勤務形態は誰が決めるか
  • 本人の仕事の状況:担当している仕事、抱えている期限、引き継ぎに要りそうな期間
  • 相談の窓口:心身の不調がうかがえるときに案内する、産業医や社内の相談窓口

手続きや法律の扱いを、上司が自分の判断で説明するのは避けます。確かめてから伝えるか、人事の部門から説明してもらいます。

面談演習で出たときの評価

昇格試験の面談演習で、「辞めたいと言う部下」の場面が出ることがあります。評価する側が見るのは、引き止めに成功したかではなく、面談の進め方だと考えられます(推測)。

  • 最初に受け止め、話しやすい空気を作ったか
  • 理由を広げ、具体化し、本当の悩みに近づいたか
  • 変えられること・変えられないことを分けて伝えたか
  • できない約束をしなかったか
  • 次の一歩(誰が、何を、いつまでに)と、次の面談の日を決めたか

演習の部下役が、面談の終わりまで「辞める」と言い続けることもあります。それでも、本人の決意を変えさせることが課題ではありません。辞めるか残るかの結論より、理由をどこまで聞けたかと、上司として何を引き受けたかが、記録に残る部分です(推測)。

時間の配分の目安は、最初の受け止めに1〜2分、理由を聞くのに半分ほど、変えられることの整理と次の約束に残りを充てる形です。理由を聞く時間を削ると、後半の約束が中身のないものになりやすくなります。

自分の面談を観点ごとに振り返るときは、面談演習の評価の観点を一覧にするの点検表で採点できます。

架空の例:営業事務の若手

商社の営業事務で働くKさん(26歳)が、係長に「辞めたい」と相談しました。最初の理由は「仕事が合わない」でした。

係長は、引き止めの言葉を飲み込み、「どんな仕事のときに、合わないと感じる?」と聞きました。Kさんは少し考え、「同じ伝票の直しを、毎日夜まで続けるときです」と答えました。

さらに聞くと、伝票の直しの多くは、営業担当の入力の誤りから来ていることが分かりました。係長は「入力の確認の手順は、私が営業の課長と話して変えられる。2週間で一度、形にして見せる」と伝えました。次の面談の日も決めました。

Kさんが残るかどうかは、まだ分かりません。けれども、理由の奥にある事実が見え、上司として打てる手がはっきりしました。

もし係長が最初に「せっかく慣れてきたのに、もったいないよ」と返していたら、どうだったでしょう。評価する側から見ると、Kさんの理由を聞く前に、引き止めの結論を出した面談です。Kさんは「合わない」の中身を話さず、伝票の直しの件も表に出なかったはずです。直し方は、引き止めの言葉を後回しにして、最初の問いを「どんな仕事のときに」に変えることでした。

とっさの一言の言い換え

驚いたときに出やすい一言を、受け止める言い方に置きかえておきます。

出やすい一言 言い換え
「え、困るよ」 「話してくれてありがとう。少し驚いたけれど、ちゃんと聞きたい」
「もう少し頑張ってみたら」 「今いちばんつらいのは、どんなところ?」
「みんな同じように大変だよ」 「〇〇さんにとって、何が一番負担になっている?」
「次はどこに行くの?」 (相手が話すまで聞かない)

言い換えの言葉を丸暗記する必要はありません。最初の一言は受け止める、という順番だけを覚えておきます。

一人で確かめるときの限界

言い換えの表は一人でも作れます。けれども、驚いた瞬間に引き止めの言葉を飲み込めるかは、予想していない答えが返ってくる相手と話してみないと確かめられません。

昇格パスの無料体験では、登録の後に、部下面談の1場面(評価に納得していない部下)を文字で1回練習できます。この記事の場面とは違いますが、まず受け止めてから理由の中身を聞く順番は共通です。部下役は、聞き方によって話す内容が変わります。終わると評価票で、観点ごとの評価と、根拠になった自分の発言を確かめられます。

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